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なぜ表紙がズレているのか

2013 08 04
とても面白い記事を見つけました

http://shingekikyojin.net/archives/30292223.html 

表紙と物語のズレは以前から気になっていたものの、
自分ではうまく結びつけることができませんでした。
これはかなりすっきりする考察だと思います。

ミカサのセリフへの違和感

2013 07 31
「進撃の巨人は、絶妙なセリフ回しが多い」という感想をどこかのサイトで見ました。全く同意見です。ということで、まだ結論は出せていないのですが、開き直って、中途半端な形でミカサのセリフへの違和感を書いてみたいと思います。

まずは、2巻
「まただ…また これだ…また家族を失った また この痛みを思い出して…また…ここから始めなければいけないのか…」
普通にとれば、エレンの死という痛みを思い出して、自分は生きていかなければいけないといったところでしょうか。
しかし、これは、立体起動装置のガスがなくなり、絶対絶命となってしまったときのセリフです。
こじつけるとするならば、もう半ば死を覚悟しているようにも思えるミカサが「またここから始める」と言うことはちょっとした矛盾ではないでしょうか。

次も2巻
「その時…思い出した…この光景は今までに…何度も…何度も見てきた…」
これは幼いころのエレンがミカサを助けるシーンです。
このセリフも、普通に取ろうと思えば、特に引っかからず自然に流せると思います。
幼いミカサでも、それまでこの世の弱肉強食の形を見る機会は少なくなかったでしょうから。
しかし、ミカサは「何度も何度も見てきた」のです。少し引っかかりを感じます。

そうなんです、私がなぜ普通に流せるようなセリフに違和感を覚えるかと言うと、すでに色んなところで結構書かれていますが、進撃の巨人の「ループ説」「平行世界説」等、それのどれが正解なのかは分からないものの、何かしらそういった種の世界観があるのではと感じているからです。

そう考えると、またまた2巻
「ごめんなさいエレン…私はもう…諦めない 死んでしまったらもう…あなたのことを思い出すことさえできない」
なども、うーんとなってしまうのです。

あと、話をずらしますが、
「この世界は残酷」というセリフがミカサからよく出ているように感じます。
しかし、2巻では「残酷」に続くセリフが出てきます。
「この世界は残酷だ…そして…とても美しい」
ミカサにとって、この世界は残酷なものでしかないけれども、少なくともエレンとの思い出(生活?)だけはとても美しい。それこそが、ミカサがこの世界に執着する理由?うーん、妄想がひどいですね、よく分かりません…。

取り急ぎ、ミカサへの違和感を思うままに書いてみました。
中途半端な形で恐縮ですが、もしまた何か感じることがあれば、続きを書きたいと思います。
ありがとうございました。

めも ※最新47話のネタバレ注意

2013 07 09
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最新47話を読んだ感想を書いていますので、
ネタバレ注意してください
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■座標
エレン「自身」という表現

エレンは座標としての特徴を発揮しているが、
だからと言って本人が座標であるとは限らない

座標はミカサ?

アニとクリスタと「それ」

座標は人ではない可能性?

ミカサの右手の刻印?


■人間に「戻る」
エレンは父グリシャを食って人間に戻った?

ユミル:私がお前らの戦士に食われた後か!?

人間に戻るには、巨人化できる(もしくはできる素養をもった)人間を食う必要?
(ユミル:ちょうど5年前ってことはお前らの仲間だったのか?という推測)

グリシャは巨人化できた?もしくはできる素養をもっていた?
それとも注射の効力?

■巨大樹の森と巨人の関係
巨大樹の森で死ぬと巨人化?

オルオに似てる巨人(単なる偶然?)

エレンが注射を打たれたのは巨大樹?←描写的には樹は小さい?




マルコ・ボットは見殺しにされた?

2013 07 02
4巻でのマルコ・ボットの死について、ジャン・キルシュタインはこう言っています。
「見ねぇと思ったら…でも…コイツに限って…ありえねぇ…マルコ…何があった?」
現状を正しく認識することに長けているジャンから見て、
マルコの、この死に方はとても意外なものだったのでしょう。
また、死の前の描写では、ジャンだけでなく、エレン・イェーガーやサシャ・ブラウスたちも
指揮役としてのマルコの能力を認めています。
では、そんな彼がなぜあっけなく死んでしまったのか、その理由ですが、
私はライナー・ブラウン、ベルトルト・フーバー、アニ・レオンハートによって、
わざと見殺しにされたのではと考えています。

根拠を書いてみます。

前提として、マルコは訓練兵19班の班長ですが、ライナー、ベルトルト、アニも
同じ19班に所属していたのではないかと考えています
(2巻において、マルコと3人が一緒に行動している描写があるという理由だけなので、
あまり確信はないのですが、そう仮定して話を進めます)。
先にも書いたとおり、マルコは周りを俯瞰して適正な判断のできる優秀な兵士です。
一方、エレンの巨人化という予想外の展開に対し、ライナー、ベルトルト、アニの3人は、
当初予定していた計画を大きく変更しなければならない状況にあり
(実際、それが理由かどうかは分かりませんが、憲兵団志望だったはずのベルトルトは、
調査兵団へと希望を変更しています)、
今後の綿密な計画立案に際して、優秀な班長であるマルコが邪魔だったのではないでしょうか
(もしくは、すでに3人は、マルコに何となく程度の違和感を持たれていた可能性も?
また、マルコが優秀かどうかに関わらず、3人にとって同じ班のメンバーというだけで
邪魔だったのかもしれません)。

マルコの死に方ですが、その前の訓練時代の描写が伏線になっているのではと考えています。
マルコのセリフ
「一番遅い僕が注意を引いて他の巨人の後ろを取らせるべきだとか…」
の場面です。
巨人掃討作戦において、マルコはまさしくそのようにしたのではないでしょうか。
つまり、自分が巨人を引きつけ、班の他のメンバー(ライナー、ベルトルト、アニ)に巨人の後ろを取らせる。
しかし、彼らは巨人を斬ることなくマルコを見殺しにした、という展開です。
ちなみに、アニが同期と思われる死体に謝っているシーンですが、
これは、自分たちが壁内にいれた巨人によって、同期が殺されてしまった
→「ごめんなさい…」というように捉えていましたが、
もしかすると、この女性兵士もマルコと同様に、見殺しにした19班のメンバーなのかもしれません
(エレンやアルミン・アルレルトの34班はメンバーが6人程いたので、19班もそれくらいの人数いたのでは…)。

と、確信のない前提からだいぶ妄想を膨らませてしまいました。
今、改めて4巻まで読み直したところなので、今後の展開によって、
大きな勘違いに気づくことがあるかもしれませんが、
取り急ぎ現時点での推測を書いた次第です。
長文乱筆にも関わらず、読んでくださってありがとうございました。

「うなじの中」と「壁の中」は同じ?

2013 06 27
4巻において、巨人化したエレンが動かなくなり、アルミンの呼びかけに対しても、
「なんで外に出なきゃいけないんだ」
と答える場面が描かれていますが、
これは、1巻の壁が壊される前のハンネスたちに似ている気がします。
エレンがハンネスに、
「一生壁の中から出られなくても…メシ食って寝てりゃ
生きていけるよ…でも…それじゃ…まるで家畜じゃないか」
と言う場面です。

巨人化したエレンは、アルミンの言葉によって意志を取り戻すわけですが
(アルミン:「壁から一歩外に出ればそこは地獄の世界なのに
どうしてエレンは外の世界に行きたいと思ったの?」
エレン:「オレが!!この世に生まれたからだ!!」
の場面です)、
もしかすると、巨人のうなじの中というのは、とてもあたたかい心地の良いもので、
そこになれていく内に自分が生きることの意志みたいなものがなくなり、
最終的には、うなじの中で自分の身体が巨人と一体化してしまって、
いわゆる普通の巨人の完成となるのではないでしょうか。

そう考えると、

コニーの母親と思われる巨人がしゃべったのは、
彼女が(恐らく猿巨人の手によって)巨人になったばかりで、
人としての意志が完全に失くなる前の段階だったからでは?
(イルゼ・ラングナーを食べた巨人も同じような気がしますが、なんとなく違う気もします。
ここはまた改めて考えてみたいと思っています)

巨人は意志のある者のみを捕食しようとするのでは?
(だから、馬など人間以外のものには興味を示さなかったり、
一方で、意志のあるエレンなどは、それがたとえ巨人であっても捕食対象となるのではないでしょうか)

ちなみに、
10巻の最初で、一般(と思われる)の巨人同士が争う場面が描かれていますが、
この巨人たちは、コニーの母親と同様に、(恐らく猿巨人によって)まだ巨人にされたばかりで、
意志が完全になくなっていない状態を表現しているのではないかと思いました。
そしてそれは、この巨人たちが夜に動けたというところにもつながりそうな気がしますが…、
早計かもしれません。
あと、エレンの「巨人になるためには目的意識が必要」みたいなところにもつながるのでしょうか。
まだ考えが足りないので、改めて考察してみたいと思います。

繰り返しになってしまいますが、
1巻で、エレンは壁の中にいる人たちを
「一生壁の中から出られなくても…メシ食って寝てりゃ
生きていけるよ…でも…それじゃ…まるで家畜じゃないか」
と言いました。このセリフを少し変えてみます。

「一生うなじの中から出られなくても…メシ食って寝てりゃ
生きていけるよ…でも…それじゃ…まるで巨人じゃないか」

まぁ実際、巨人は何も食べなくても生きていけるみたいですし、
「だから何?」という話でもあるのですが、
平和だったころの壁の中と、巨人のうなじの中はかなり重なるものがあるのではないか
と感じた次第です。
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